シンガポール航空機事故についての考察
![]() 図1:事故現場 |
10月31日深夜(日本時間11月1日未明)、台湾の台北国際空港で起きたシンガポール 航空の事故は、当初、「天候の悪化」による「操縦ミス」か「障害物の飛来」と見られていたが、 調査が進むにつれ、「工事のため閉鎖中の滑走路への誤進入」の可能性が濃厚のなった。 シンガポール航空関係者は、責任を全面的に認めた会見を開いているが、航空機の運航を 知るものとしては多くの疑問も残る。 (1)閉鎖中の滑走路は、果たして「見誤る」ものなのか? (2)航空管制は管制塔から事前に予測ができなかったのか? (3)万一視界不良が誤進入の原因となったなら、飛行許可が出来る状態であったのか? 当サイトは、決して当事者の批判することが目的ではないが、素朴に湧いてくる疑問に ついて可能な範囲での検証を行ってみた。 |
1.当日は飛行ができる状態であったのか?
| 航空機を運航する場合の、気象情報や空港情報は予めパイロットに伝えられる。 特に事故当日のように、台風が接近している状況下では、パイロットは通常より神経質に気象情報に 目を通していたはずである。 |
|
![]() 図2:事故現場付近の滑走路 |
当日は2本の平行滑走路のうち内側の5Rが工事中で、このような 重要な情報は当然パイロットにも伝わっていた筈である。 これらの航空関連情報は、通常「ノータム」と呼ばれる専用の形式で 全てのパイロットに提供されていて、事故機のパイロットだけにこれが 伝わらなかったなどということは、ほとんど考えられない。 しかし、気象情報に気を取られて、工事情報にはあまり気を止めて いなかった可能性は否めない。事故機は、これから太平洋を横断する 長距離便であり、パイロットは離陸後の多くの情報にも目を通さな ければならなかった。 |
| 視界はよくなく、風も強かったののだから、航空管制が飛行を許可しなければ・・・との声も聞かれるが、 規定の許容範囲内で安全な離陸が見込めれば離陸許可を出すのが航空管制の仕事であり、この点を これ以上言及してもしかたがない。 ちなみに、日本の航空管制の場合は制限が厳しく「飛べるかも知れない時」には、念のため「飛ばさない」 方針を取る事が多いようである。この方針には普段は批判も多のだが、このような事故が起こると非常に 難しい判断であることが理解できる。 |
|
2.航空管制はタワーから見えなかったのか?
航空機に採取的に離陸許可を出すのは、航空管制のタワー(管制塔)である。
ご存じの方も多いと思うが、一般的に管制塔は数十メートルの塔の上にあり、空港内では最も見晴らしの良い場所にある。
当然、今回の事故現場となった台北国際空港でも、平行滑走路の5Lと5Rは目視できる位置にある。
しかし事故の発生した深夜23時頃は空港は完全に闇に包まれ、悪天候により通常より視界も悪かった。
ちなみに、タワーからはどの程度の認識が可能かをCGで再現してみたのが図3である。
いずれも快晴時を想定して、5Lと5R側に事故機と同型機の日本国政府専用機(B747-400)を配置してみた。
判りやすくするために航空機側にはランディングライトを付け、機の上に白のマーカーを付けてみた(この直下に政府専用機が
いる!)がそれでも判別は困難なことがお判りいただけると思う。
事故当時は風雨が激しかったので、視界はこれとは比べ物にならないくらい厳しい状況であったに違いない。
![]() |
![]() |
| 図3:管制塔から事故のあった5R(左図)と、本来使用するはずだった5L(右図)を望む | |
ちなみに、日本の大規模空港ではこういう状況に備えて地上監視レーダーを装備しているところが多い。
通常のレーダーは上空しか見ることが出来ないため、地上監視専用のレーダーを装備している訳である。
この地上監視レーダーを使えば例え視界が0mであっても空港内を移動中の航空機の位置を捕捉可能と言われている。
この地上監視レーダーは非常に高価なため、残念ながら台北国際空港には装備されていなかった。
(世界的には装備されていない空港の方が多い。)
3.閉鎖中の滑走路を見誤ることはあるのだろうか?
今年、日本エアシステム機が、羽田の工事中の新滑走路に誤って着陸するミスを記憶されている方も多いと思う。
このミスは、今回の事故と「滑走路への誤進入」と言う点では同じ状況のように見えるが、実は状況は全く異なっている。
通常工事等で使用不能な滑走路には、誤進入しないように大きな「×」が塗装で描かれる。
これは当然着陸進入中の航空機からはよく見えるので、通常ならば誤ることはあり得ない。
先の日本エアシステム機のミスは、不運にも新旧滑走路の入れ替え時期であったため、
新滑走路の「×」がほとんど消されていた状況であり、誤ったパイロットはもちろん不注意であるが、この作業を深夜に
行う等の配慮をしなかった空港運営側にも責任があったとも言える。
話がそれたが、今回の問題はこの「×」が着陸進入中の航空機ではなく、地上から離陸しようとししている航空機から
見えるかである。答えは明らかで否である。
「一般道路なら、速度制限文字などは読めるではないか」と思われる方も多いと思うが、国際空港の滑走路幅は
約60mほどある。そこに書かれた文字は文字自体の太さが数メートルもあるような巨大なものであり、上空からなら
ともかく、操縦席からの視認は以外と難しい。ましてや事故当時は深夜でかつ風雨であったのでなおさらである。
では、対策はないのか?
最も確実な方法は滑走路の誘導灯を消すことであり、この方法が最も多く行われている。
夜間便に搭乗された経験のある方ならばご存じかと思うが、夜の空港というのは想像以上に暗く、誘導灯がなければ
「道」の存在は全くと言っていいほど認識できない。
そこで空港には各種の誘導灯を装備し、明瞭に「道」の存在を判るようにしている。
![]() |
![]() |
| 図4:事故のあった滑走路5Rに進入直前の視点。向こうには離陸予定の滑走路5Lが見える。 | |
これらの誘導灯は色が定められていて、誘導路の端は青、中心線は緑、滑走路は白で、滑走路端は赤となっている。
図4は、5Rへ進入直前のB747機のコクピットからみたところである。手前に5R、その向こうに5Lの誘導灯が見える。
この例では、手前の5Rはほとんど消灯状態にしているので、向こうの5Lが明確に認識できる。
果たしてこの状態にも関わらず、パイロットは手前の5Rに誤進入したのだろうか。
もし、ここでご認識して右折し、5Rに進入してしまった場合、パイロットの目の前には図5のような滑走路が
見える筈である。
![]() |
| 図5:誤って5Rに進入した場合の視点 |
何千時間も飛行経験があり、かつ台北国際空港での離着陸経験の豊富なパイロットが、この状況を見ても
「異常」と気づかないものだろうか。そもそもこの状態では離陸滑走時で直進すらことすら困難に思える。
ちなみに、予定通り5Lに進入していれば、図6のような光景となる筈である。
![]() |
| 図6:予定通り5Lに進入した場合の視点 |
これはあくまで仮説でしかないが、万一工事中で閉鎖中の筈の5Rの誘導灯が図6のように点灯していたら・・・
「滑走路5Rは工事中=消灯中」という先入観と、視界不良により前方の5Lが目視できなかったら・・・
誰でも目の前にある滑走路を5Lと信じてしまうかも知れない。
もう一つ可能性としては、「5Rの誘導灯は確かに消灯していたが、それをパイロットが視界不良のため見えないのだ」と
勝手に解釈してしまう場合が考えられる。しかし、これは現実的には難がある仮説である。
離陸可能は最低視程は正確には空港によって異なるのだが、仮に600m位先までしか見えなかった場合を想定
したのが図7である。この状態でも、おぼろげながら誘導灯が見えるのが判っていただけるだろうか。
実は、夜間の離陸は誘導灯のガイド無しでは不可能に近い。
離陸直前速度が300kmにも達するジェット旅客機では、センターラインが見えなければ、そもそも直進ができないのである。
そうなると、やはり5Rの誘導灯は点灯していた可能性が高いのではないだろうか?
![]() |
| 図7:視程600mの5L(粒に見えるのは雨滴) |
最初にも書いた通り、この事故を興味半分で詮索するつもりはないが、事実は追求されるべきである。
今後に同じ悲劇が繰り返されないためにも、理論的に明確な調査が行われて欲しいと願う次第である。
原因が例え何であったとしても、この事故は人災であることには違いない。
亡くなられた乗客の方々の冥福を祈りたいと思う。